今こそ、「台湾語(ホーロー語)」を「台湾語Tâi-oân-ōe,Tâi-gí/たいわんご」と呼んでいこう!

Q:台湾語といわずにホーロー語というべきでは? 他にも台湾土著言語はたくさんあるのだから
A:いえ、やはり基本的には「台湾語」といってよいと思います。必要な場合には「台湾語(ホーロー語)」と併記すればよいのです。

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<前書き・背景説明>

台湾では、実に多様な言語が使われています。現在、第一言語とされている中国語(北京官話が台湾化したもの、台湾華語)は、第二次世界大戦終了まで、民衆の99%にとって未知の言語でした。聞いたこともなければ話すことももちろん全くできなかったのです。戦後になって台湾へ逃げてきた中華民国国民党政府は、強力な独裁政治を敷き、中国語以外の言語を使用することを厳しく禁じ、学校教育や公共の場から排除しました。教室で自らの母語を一言しゃべっただけで、「私は方言を話しました」と書かれた札を首から下げ罰金を取る、そういう政策が長年取られていたのです。その結果、中国語は、台湾住民の90%が日常的に使用するまで浸透しましたが、台湾での歴史はまだたった70年ほどと浅く、中高年者や都市部以外に生活する者にとっては、未だに「学校に上がって初めて学ぶ言語」であり、母語ではありません。このことはぜひ覚えておいてください。
さて、台湾住民の多くは、教育や公共の場以外、つまり家庭や親しい者同士の会話では自らの母語を使い続け、公的には中国語を使うという二重生活を送ることで、多くがバイリンガル・トリリンガル・それ以上にならざるを得ませんでした。
この中国語以外の各民族の母語を「台湾の土著言語」と呼びますが、その中には、たくさんの言葉が存在します。BP5000-6000年から使われている20種類近くの台湾先住民族(原住民族)諸語、台湾で話者人口200万を誇る客家語、そして人口比70%の多数派ホーロー人の母語で、民族を超えて使われているホーロー語(狭義の台湾語)です。このホーロー語は、17世紀に台湾へ渡来以降400年以上にわたって、自他ともに認める「台湾を代表する言語」だったため、「台湾語Tâi-oân-ōe,Tâi-gí/たいわんご」と呼びならわされてきました。
ところが近年、1987年に戒厳令が解除され、ようやく各種母語が復権し、復興を目指す中で、「ホーロー語だけが『台湾語』を名乗るのは、他の言語に対して高慢ではないか」「『ホーロー語』もしくは『台湾ホーロー語』と呼ぶべきだ」そして、「台湾で使われている言語全てを指すときだけ『台湾語』という用語を使うべきだ」という主張が(少数派意見ながら)出てきました。本文は、この主張に対する私の個人的な見解を述べたものです。
私自身、ブヌン語をある程度話せますし、客家語も学習者です(テキストだけならタイヤル語・アミ語など各種持っていますし、あいさつ程度ならいくつも知っています)。こうした各種土著言語は、当然等しく尊重すべきだと思っていますし、民族を問わず、台湾にアイデンティファイする全ての人々が「台湾人」と位置付けられるべきだと考えています。
それらすべてを踏まえたうえで、私個人は、ホーロー語を「台湾語」と表現することは、忌避すべきではない、むしろ積極的にそう称すべきだと思っています。その理由を、下記に詳しくご説明いたします。

 

<理由1>

  • 台湾語で書かれた書籍。 表記法は、漢字とローマ字の混ぜ書きが主流。ちょうど、日本語の漢字かな交じり文に似ている。1870年代に成立した教会ローマ字(POJ)で書かれたものと、2006年教育部が公布した正書法「台羅」(TL)で書かれたものがある。

    まず第一に、台湾語(ホーロー語)は、台湾総人口の70%を占めるホーロー人の母語です。この時点で、台湾を代表する資格はしっかりあります。さらには、ビジネスや生活の場面で、ホーロー語が民族を越えて使われていることも、重要な事実です。実際、台湾原住民族でも3割はホーロー語を話すことができ、客家の方の50%以上がホーロー語を話せるというデータがあります。実際、私がフィールドワークに入っていたブヌンの村でも、出稼ぎ経験者の方は、私より上手にホーロー語を話していました。そのこと自体は、もちろん、少数派にかかる負担であることは否定できません。しかし、だからといって、台湾語をホーロー語と言い換えることで解消される問題でもありません。現実として、ホーロー語が、台湾全体で通用する言語であり、台湾を代表する大きな影響力を持つ言語であることは、疑いようがありません。ですから、それを「台湾語」と称することは、ごくごく自然なことだと思います。
    (さらに言えば、世界的にほとんどの国が多民族国家であり、複数言語を抱える中、やはり「多数派が使う全国的に通用度の高い言語」を一つ選んで、その国家名を冠して呼びならわしています。そのことと、その国が各種言語に対してとる政策方針は別問題です。)

 

<理由2>

  • 台湾は国際的に孤立しており、独立国家として認められていません。認知度が比較的高いはずの日本においてすら、「台湾って中国とどう違うの?」「台湾って、国じゃないんでしょ」程度の認識でいる人が大半です。ましてや、言語に関しては、「台湾でも中国語が使われているんでしょ」としか思われていません。自称台湾フリークの人ですら、中国語(華語)をかじっているだけで、台湾語(ホーロー語)はおろか、客家語や先住民族諸語は、存在すら知らなかったり、または全く学ぶ価値のないものと位置付けていることがほとんどです(稀に心ある例外者もいらっしゃいますが、まだまだ少数派です)。つまり、日本では、国民の99.9%は、「台湾には、中国語とは別に、台湾土著の言語がある」ということ自体を知らないのが現状なのです。
  • こうした状況下において、せっかく、他ならぬ台湾住民自身が数百年にわたって長らく「台湾語Tâi-oân-ōe,Tâi-gí」と呼び習わしてきた言語、そして日本植民地時代から戦後にかけて多くの日本人達が「たいわんご台湾語」として親しんでおり、実は学習者が500~1000人もいる言語があるにもかかわらず、それを「他にも土著言語があるから台湾語ではなくホーロー語と呼ぶべきだ」と主張することには、デメリットが多すぎます。
    いたずらに混乱を招き、せっかく台湾の土着文化・言語に興味を示してくれた外国人のやる気を挫き、興味を遠ざけるだけです。
  • 台湾には、台湾独自の言語がある。これは、台湾の独自性を示し、台湾が中華人民共和国の一部ではないことを、最も端的に示す物凄く有力な材料です。そして、そこで人口70%以上の多数派民族の母語であり、さらには民族グループを越えて使われている「台湾語」と呼ばれている言語(ホーロー語)がある。こんなに有力な根拠は他にありません。むしろ積極的にこの用語を使っていくことで、台湾の独自性を容易に打ち出すことができるのです。
    もちろん、客家語や先住民族諸語への興味関心・それらを尊重する心は、同時に培っていってほしいと思っています。なので、私はそのことも必ず言い添えています。Madaidaz saikin Bunun tu qalinga(私はブヌン語も愛しています)! Ngai dong-oi Hak-fa(客家語も好きです)!
  • 客家語や先住民族諸語が「台湾土著言語」として、ホーロー語と肩を並べることを望むのであれば、そのエネルギーは「ホーロー語の地位を貶める」ことに費やすのではなく、「客家語や先住民族諸語の地位を大幅に上げること」に注がれるべきだと思います。具体的には、より使いやすい表記法を開発し普及させる、親しみやすい合唱曲を作り小学校で浸透させる、全国的に流行する歌を創る、実力派アイドルグループを結成する、可愛いキャラやLINEスタンプを作って広める、などなど様々な方策が考えられます。そうした結果、もし台湾全国で通用するだけの浸透度を持つことができたら、客家語でも何語でも、「タイワン語」を名乗る資格を得られるのではないでしょうか。なお、客家語に関していえば、まずは、「客家人」というアイデンティティを持つ人の中ですら使用率が50%という大変厳しい状況を、なんとか改善することが最優先課題だと考えます。台湾国内で足を引っ張り合うより、こうした目前の緊急問題を解決することこそ、建設的な努力のしかたではないでしょうか。

 

<理由3>

  • 台湾語は、しかしながら、現在、危機に瀕しています。話者人口こそ2000万人とまだまだ多いものの、日本時代+国民党時代と計90年間も抑圧され、教育や公共の場から排除されてきたため、漢字ローマ字混ぜ書きの正書法があるにもかかわらず、それがほとんど人口に膾炙していないという大変危険な状態にあります。読み書き分野や文字言語としての成熟度が圧倒的に足りないのです。ここ20年余り急激に発達したインターネット社会においては、文字言語が圧倒的に優勢であり、人類史上かつてないほど、言語における「文字・表記された言語情報」の重要性が高まっています。メール・ネットで使えない・使いづらいとされた言語は、急速に衰退する危険性がある、ということです。
    そんな中、文字言語としての発達や習熟・表記法の普及は、台湾の各種母語が共通して抱える焦眉の課題です。いえ、むしろ、台湾語はその中でも後れを取っています。クリスチャンが80%を超える関係でローマ字の浸透率が高い原住民族諸語においては、表記法はきちんと確立しているばかりか、その使用率も、ホーローよりも断然高いのが実情です。
    台湾語は、そういう意味で、今一番、頑張らねばならない状態にあるのです。そんな状態の台湾語を、応援し鼓舞する必要こそあれ、地位を貶め足を引っ張る必要は、どこにもありません。
    30年前の1987年、ようやく戒厳令が解除され、公の場で使われることをゆるされた各種母語は、いわば溺れかけていた人が、ようやく船のふちに手をかけた状態にあるといえるでしょう。互いに助け合い、互いに書き文字としての成熟度を高め、教育に力を入れ、次世代へ継承していけるだけの言語的強さを身に付けねばなりません。そんな時に、対外的に力を削ぐことが目に見えている名称変更をホーロー語に科すのは、いわば船べりから指を引きはがして足で蹴落とすような行為で、決して得策ではないと私は考えます。

 

<結語>

ブヌン語で書かれた書籍。 ブヌン語の正書法は全てローマ字で表記される。英語でいうthの音はzで表すなど一部の規則を除けば、基本綴りをそのまま発音できるスッキリした表記体系だ。現在、年に1~2冊のハイペースで辞書や伝説集などが出版されており、一般市民でも自分の名前やある程度の文章をローマ字ブヌン語で綴れる人が多い。

  • 仮に、遠い将来、台湾が、「タイワン」の名で国際社会の8割以上に主権独立国家として認められ、かつ、台湾総人口の70%以上が自由に読み書きできるほど表記法がしっかり普及し、盤石の体勢が築かれるときがきたら、その時には「台湾ホーロー語」と言い換える案も、検討する余地があると思います。
    ただ、それまでの間は、まず「タイワン」というモノに対する認知度の全くない国際社会に対して、「タイワン語」という言語がある、ということを強く主張し続けていく必要があります。
    そのため、台湾を代表する言語であるホーロー語は、従来通り、「台湾語」と称することがベストであり、必要な場合にはきちんと補足説明をすればよい、というのが私の考えです。

 

長文お読みいただきありがとうございました。

近藤 綾(『トラベル台湾語』著者・台湾原住民族研究者)

近藤綾 プロフィール

1979 年東京都出身。『すぐ使える!トラベル台湾語』(日中出版、2007 年)の著者。日本人のお父様と台湾人のお母様の間に生まれ、台湾語研究の第一人者、王育徳氏のお孫さんでいらっしゃいます。近藤さんご自身は日本で育ったこともあり、台湾語を勉強し始めたのは大学時代からとのこと。台湾原住民族史をご専門とされ、台北駐日経済文化代表処(台湾駐日大使館)代表秘書室にご勤務経験があり、現在も積極的に日台をつなぐ活動をされています。